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麻耶雄嵩作品の浸かり方

2017年4月期の月9ドラマが貴族探偵に決定しました!おめでとうございます!ありがとうございます!麻耶ファンの同志のみなさん!火のないところに煙を立て続けた成果(?)がついに出ました!やったね!!

貴族探偵とは原作・麻耶雄嵩本格ミステリで、私はいわゆる原作ファンです。麻耶作品は絶版も多いし映像化に向かない作家と言われ続けていたので晴天の霹靂というか、何か原作付きのミステリが映像化するたびに、麻耶作品の映像化も見たいね〜まあ無理だよね〜というのがお約束の流れみたいな感じだったので本当に夢のようです。

しかも月9で、それも社運かけたとかいう噂で嵐の相葉くん主演だし、ほかの役者さんもえらい豪華だし、主題歌嵐だし…今でもちょっと信じられないくらいです。相葉くんの御前さますごく楽しみです。きっと新しい雰囲気の相葉くんが見れると思います!

主題歌の初回限定盤もさっそく予約しました。どんな歌か今から楽しみです。ありがとうフジテレビ…人生が最高に楽しいです…企画通ったパワポ見たい…

千載一遇の麻耶作品布教チャンス!アタックチャンス!!ということで、貴族探偵で麻耶雄嵩を初めて知って、貴族探偵やほかの作品も読んでみようかなと思っていただいている方向けに、私の独断と偏見をもとにオススメの読む順をまとめてみました。(というか行動の早い嵐ファンの方がすでにいろいろ読んでくださってるようなのでかなり出遅れてしまった感はあるのですが…(^^;))

というのも、作家・麻耶雄嵩を初めて知ったという方も多いと思いますので少しご紹介すると、探偵とは何か、ミステリとは何かを常に作品を通じて問い続ける、そんな作家です。麻耶作品には登場する探偵が多いのですが、それは探偵とは何か?を探求し続けた結果だと思います。

ただ、それゆえ作品もマッドサイエンティストのごとく少々過激な実験的要素が含まれることが多いので、読む順を間違えるとわりと簡単に死にます。

真冬にプールに準備運動もせずいきなり飛び込むと心臓麻痺を起こしますよね?鬱蒼と茂るジャングルに無装備で入ると彷徨いますよね?それと同じです。

前置きが非常に長くなってしまいましたが…それではロジックに大きく身構えて〜不条理とカタルシスに少しずつ身体を慣らす運動〜〜〜

 

1. 貴族探偵

言わずもがな、ドラマの原作本です。麻耶作品の短編は比較的読みやすいし、その中でも貴族探偵はロジックも比較的オーソドックスなので麻耶の入り口としてもミステリの入り口としてもいいと思います。ちょっと探偵の概念が揺らぎますが、そこはいったん置いておきましょう。麻耶作品を読み進めていくとこの程度ささいなことだと思えます。大丈夫です。

 

2. 貴族探偵 対 女探偵

貴族探偵シリーズ二作目です。ドラマはこの作品も含まれるので予習がてらにどうぞ。個人的にこの最後の収録作が相葉くんで見れるのすごく楽しみです!絶対めちゃくちゃかっこいいと思う…

 

3. 名探偵 木更津悠也

貴族探偵を読み終え、他の麻耶作品も読んでみたい、という方にまずオススメしたいのがこちら。名探偵・木更津が活躍する短編集です。

麻耶作品に登場する探偵はたくさんいますが、その中でおそらく一番まともで常識人なのが木更津です。世間一般的な名探偵のイメージにもっとも近い探偵ではないかと思います。なんといっても木更津かっこいい!

この作品もオーソドックスですんなり読めると思いますし、若干実験的な部分もあるので麻耶先生のミステリへの向き合い方が垣間見えやすいのではないかと思います。助手の香月くんが中々の曲者で、一味違った探偵と助手の関係性が楽しめます。

 

4. メルカトルと美袋のための殺人

『銘』探偵メルカトル鮎が華麗に活躍する短編集です。このあたりから徐々にストーリーもロジックも一筋縄ではいかない雰囲気になってきます。この作品が楽しめたらだいぶ麻耶ワールドに馴染めていると思います。

メルは麻耶作品に登場する探偵の中でもかなり人気の高いキャラクターです。常に着用しているタキシードとシルクハットがトレードマークで、自信過剰毒舌傲慢悪徳非道天上天下唯我独尊を地でいくかなりエキセントリックなキャラクターですが、それでいてタキシードとシルクハット姿で王将に行ったり、寝るときにぼんぼん付きナイトキャップを被るなど、どこか愛嬌のある憎めない探偵です。助手の美袋三条と仲良いのか悪いのかよく分からない関係性も魅力です。

集英社文庫のあとがきにこのあと紹介する翼ある闇の重大なネタバレがあるのでご注意ください。

 

5. まほろ市の殺人〜闇雲A子と憂鬱刑事〜

真幌市で起こる連続殺人のお話。中編くらいですが、使い切りがもったいないほど個性的なキャラクターで織り成され、軽快なテンポで展開されるストーリーはさくっと読めます。バッタバッタ人が死にますが、倫理や善悪から一線画す不思議な読後感は新本格ミステリならではという感じの作品。長編を読む準備にちょうどいいと思います。

 

6. 木製の王子

だいぶ麻耶ワールドに慣れてきたころだと思うので、ここでいよいよ長編にチャレンジしてみましょう。

この作品もわりと従来の本格ミステリ手法に則ったオーソドックスな雰囲気の作品ですが、分刻みのアリバイ崩しに動機のエキセントリックさにこれぞ麻耶作品!と唸れます。

この作品の探偵役は木更津です。あと如月烏有というキャラクターも登場しますが、彼の経緯に興味を持たれた方は彼が主役のシリーズの一作目である夏と冬の奏鳴曲にスキップするのもアリかもしれません。

 

7. 翼ある闇〜メルカトル鮎最後の事件〜

デビュー作です。長編です。このあたりから徐々に歯応えが増していきます。タイトルが不穏ですね?最後とはどういう意味なのかは皆さんの目で確かめていただくとして…

蒼鴉城という山奥の洋館で巻き起こる連続殺人にメルカトルと木更津の両探偵が挑みます。さながらメルカトルvs木更津という対決構図で、事件の行方とともに二人の推理合戦にも注目です。予想もつかない衝撃の結末に度肝を抜かれちゃってください。あとがきにデビュー当時のエピソードが書かれている新装版がオススメ。

完全に余談ですが、蒼鴉城は麻耶先生の出身である京都大学ミステリ研究会の会誌の名前でもあります。

 

8. 化石少女

長編が続いたので小休憩。化石が大好きな破天荒なお嬢様とそれに振り回される一般人の僕が織り成す学園ミステリの短編集です。

お嬢様と僕の二人だけが在籍する古生物部が、実家の力関係を背景にした生徒会の勢力争いに巻き込まれたり、廃部寸前の零細部活動同士が部の取り潰しを免れるため手を取り合って奔走するなど青春学園ブコメっぽい一面もありますが、しっかり(?)殺人事件も起こります。

はちゃめちゃな推理を繰り出すお嬢様と翻弄されっぱなしの助手役と真相やいかに?といった内容で、すっきりしない後味に感じるかも…

 

9. あいにくの雨で

長編です。ここからちょっと変化球の変化の度合いが大きくなっていきます。

化石少女に続きこちらも学園ものです。とんでも生徒会が出てきたりわりと青春ミステリっぽくライトな感じで進みますが、一筋縄ではいかないのが麻耶作品ということをここまで読破された方ならもうよくご存知ですね?常にカタストロフィに備える心構えをこの作品で身に付けましょう。

 

10. 鴉

麻耶作品の中でも1、2を争う長編作品。山奥にある独自の掟に支配されている小さな村に迷い込んだ兄弟の物語です。

閉鎖的で閉塞的な環境下で起こる事件は、横溝などを彷彿とさせる本格探偵小説のようなものものしい雰囲気で進みます。主人公の所在なさや謎めいた言動も相まって提示されるすべてのピースが物語を不安定に揺らしながら拡散させますが、結末に向け点在するエピソードが瞬く間に収束される様はまさに圧巻の一言。

メルのルーツが垣間見えるところもアツい。

 

11. 神様ゲーム

神様を名乗る少年・鈴木くんと同級生のぼくの物語。あなたは神を信じますか?

大人も子供も楽しめる本格ミステリという理念のもと創設された講談社のレーベル「ミステリーランド」向けに書かれた作品になります。つまり、子供向けの作品です。麻耶先生はこれを少年少女に向けて書かれたわけですが、それを踏まえて読むと正直麻耶先生の正気を疑わざるを得ません(もっと恐ろしいことに、麻耶先生はサイン会や講演会などで拝見する限り穏やかで優しそうな方だということです…)

実質子供向けなので文章はするする読めちゃいますが、内容は大人も裸足で逃げ出すくらい容赦のないロジックでぶん殴ってきます。本格の前に大人も子供もないのだ。

途中であまりの不穏に動悸がしてきたら即座に本を閉じてください。大丈夫です。まったく問題ありません。ラストに納得いかない方はネットでいろいろ考察されている方がいるので是非検索してみることをおすすめします。

 

12. さよなら、神様

神様ゲームの続編です。こちらは短編集になります。相変わらず絶好調の鈴木くんです。

基本は犯人が一番はじめに提示される倒叙スタイルでお話は進みます。(古畑任三郎スタイルです)

やりきれない結末が多めですが、神様ゲームのすぐあとに読むと不条理にある程度耐性がついているはずなので、純粋にロジックを楽しめるでしょう。なお間を空けるとその保証はできませんのであしからず🖤

麻耶は過剰摂取に限りますので、間を置かずガンガン読みましょう(ただ麻耶先生はかなりの寡作なので新作を読む時はいつもかなりのメンタル調整が必要なのが難点です…)

 

13. あぶない叔父さん

短編集。このあたりからギアがもう一段階上がります。高校生の主人公となんでも屋の風変わりなおじさんを軸に田舎町で起こる様々な事件のお話です。麻耶作品の中では珍しい脱力系(たぶん)

この作品に関しては何をいってもネタバレになってしまうのであまり言えないのですが…あえていうなら、ツッコミ不在の展開にモヤモヤするかもしれません。心の中で元気よくツッコミながら読むのがいいと思います。

 

14. 隻眼の少女

水干姿の美少女探偵、みかげの物語です。

本格ミステリ大賞日本推理作家協会賞をW受賞した作品です。実は麻耶先生は挑戦的な作風が強いせいか、デビューして以降20年もの間無冠だったのですが、この作品ではじめて賞を獲ったんですよね。へー、賞を獲った作品ならいつもより読みやすい作品なのかな?と思われるかもしれませんが、実はこの賞はどちらも同業者であるミステリ作家から選ばれるものです。…言いたいことは伝わったでしょうか?

あくまでフェアではありますが、これまで以上にミステリの根幹に対する挑戦的な作品です。私は最初に読んだ時ジャーマンスープレックスをかまされたような衝撃を感じました…麻耶先生にジャーマンスープレックスをかまされたい方は是非。

 

15. メルカトルかく語りき

タイトル通り、みんな大好き銘探偵メルカトル鮎が大活躍する短編集。美袋くんも出るよ!

文庫版に『ドMなミステリファン、快感絶頂!』というショッキングピンクの帯がついて我々はドMだったのか…?と麻耶ファンをざわつかせた作品。まあ麻耶先生の後輩である同じくミステリ作家の円居先生曰く、麻耶先生はこれまで会った中で一番のドS野郎(原文ママ)とのことなので、麻耶ファンがドMというのはあながち間違いではないのかもしれませんが…(笑

ともかく、著者自身収録作品を「鬼っ子たち」を称するほど実験要素がとても強く、好き嫌いが特に顕著に分かれる作品かなと思います。隻眼の少女を乗り越えたあなたならきっと楽しめる…はず?

 

16. 夏と冬の奏鳴曲

如月烏有シリーズの一作目です。長編です。心理描写が多いためストーリーの進展はゆっくりめ。個人的に烏有シリーズは青年の葛藤がベースになっているため作風も少し違うように感じます。

特にこの夏と冬の奏鳴曲は、世界観も他の作品に比べて難解なため一見完全に破綻しているようにしか見えませんが、読み返すと実に丁寧に伏線が張り巡らされていてきちんと計算されたカタルシスだったことが分かるでしょう。二度読み必至。

 

17. 螢

10年前に主が一晩で7人もの人を殺したという事件が起こった山荘で、オカルトサークルの大学生が合宿を行うが、そこでサークルのOBが殺されるという事件が起こります。

ホラー調で進むストーリーは最後まで陰鬱な雰囲気。名探偵がズバッと事件を解決!という作品ではないですが、ありとあらゆる本格ミステリの技巧がこれでもかと詰め込まれている、これも奇妙な読後感を味わえる作品だと思います。

身構えてても気付けば一本背負いが綺麗に決められている…そんな感覚がそろそろクセになってきたのではないでしょうか?これであなたもドMなミステリファンの仲間入りです!おめでとうございます!

 

18. 痾

如月烏有シリーズ2作目。夏冬を読まれたら分かると思いますが、まさかの続編です。

麻耶先生きんぎょ注意報好きなのかな…え、きんぎょ注意報知らない?知らない方がいいこともあるよね!メルも出るよ!

 

以上、非常に長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか?

少しでも面白そう!読んでみようかな?と思っていただけると嬉しいです。

一応オススメ順としましたが最初にもちょっと書いた通り絶版もかなりあるので、あくまでご参考まで…

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

最後になりましたが、ドラマ盛り上がっていきましょう!

 

おそ松さん21話「麻雀」回から始める麻雀講座~第三回~

前回更新から気付けば一か月以上経ってしまっていました…なんということでしょう…

おそ松さんのない新年度は寂しいですし仕事は死にそうですが、公式の燃料投下の頻度は相変わらずで松ロスは全然ないですね。特にダ・ヴィンチの乙なごRと舞城のまさかの松が!実はもう20年弱新本格ミステリファンをやってるんですが、まさかのコラボに垂涎というかもう狂喜乱舞で…松すごい松…

乙なごはさすがの手腕と言わざるを得ない出来だったし、舞城の九十九十九松は咀嚼するのに九十九十九から読み返したりと、講談社文三に青春のほとんどを捧げた身としていろいろ感慨深くてですね。また、乙なごからなごみ探偵がミステリと探偵の定義を考えるのにうってつけのギミックだということにあらためて気付かされて、なごみ探偵をベースに探偵の機能的意義、特殊能力が付与されているタイプの探偵の能力適用範囲、物語内の順位における視点の高さと役割の関係性、真相の扱いなどについて考えたりしていました。大好きなミステリと大好きな松を一緒に考えることができるとは思っていなくて本当に予想外の幸せに打ちのめされていました。松すごい…

その間に麻耶先生の講演会があったり仕事が超絶忙しくて精神的に死んでたりしてたら気が付いたらGWだったというわけです。そのGWも親戚付き合いなんかでバタバタしてたら終わっちゃって…あちゃー。まぁこの麻雀講座自体はあとこれ含めて2回くらいなので夏前には終わらせられるかと…もうちょっと筆が早かったらな~

気を取り直して十四松のターンから麻雀講座の続きを始めます。

 

十四松のターンは本当に情報が多かったです。口に出さないだけで十四松はこんなにもいろいろ考えているキャラであることが麻雀を通じて明かされました。この情報を踏まえるとこれ以前の十四松の行動がまた違った側面を見せるというわけです。わずか数十秒の十四松のターンだけでこれまで見ていた風景が一変する…このシーンに限らずおそ松さんでは作中でこれが何回も起こりそのたびに翻弄されていました。しかし、いわゆるどんでん返しが何回も起こりつつもそれが全体を通じてキャラクターが破綻せずに成立しているのです。新しい情報が出るたび前の話を見返すとまったく違った意味や関係性を見出すことができるため、本放送があった頃は本当に本編を追うので精一杯でかなりのリソースを奪われていたなぁ、とこの十四松のターンを振り返るにあたり改めて感じました。本当にすごい作品だったな~と思います。

(七筒……?オリたな)

トド松の捨て牌に対する十四松の感想です。ここは現物の七ピンだということと、トド松の打牌スタイル(他家(ターチャ/自分以外の面子(メンツ/ゲームに参加している人)のこと)が聴牌すると勝負をオリる)から妥当な判断だと言えます。

(今のうちに立直者の現物を切っておいて、後々追いかけ立直が飛んできそうな親に対しての危険牌を先に処理したんだね)

この台詞から十四松もトド松の読みと同じくチョロ松があがりに近い状態であると考えていることが分かります。立直者の現物が追いかけ立直の危険牌になるという考え方についてですが、先行リーチの現物待ちというのはリーチをかける/かけないを問わずわりとセオリーです。というのも、立直はいったん宣言すると待ちを変えることができなくなります。つまり、立直後に他家が聴牌していかにも危険そうな牌をツモってきてもそのまま捨てなければならないということです。立直した人はその牌ではあがれないのでもし立直者の現物で待っていて立直者がその牌を引いたらどんなにあからさまな待ちでも確実に振り込んでくれるというわけです。また、もし黙聴(リーチ宣言せずに聴牌している状態)の場合だと、他家は基本的に立直者に意識が向きやすいため立直者の現物は切られやすいという側面もあります。

(にしても、気になるのはドラがどこにあるのか…七対(チートイ)ドラドラだから、簡単にオリるわけにはいかないけれど…)

十四松の手牌は3ピンをツモってきた状態で以下のようになっていました。

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なんと七対子(チートイツ)聴牌です。しかもドラ(この局では8ピン)が二枚も!

前回トド松の手牌から役作りの基本について説明しましたが、この七対子という役は頭2枚に刻子もしくは順子4組という枠組みからは外れ、対子(対子)が7組という役になります。対子が七という役の名そのままですね。この役は作りにくい割に2翻でそんなに高い手ではないのですが、捨て牌からあたり牌を読むのが極めて困難なのでロンしやすい手です。前回、前々回で筋について説明しましたが、ああいった読みがこの七対子についてはまったく意味を為しません。

十四松の手牌は七対子ドラ2なので4翻、もしツモあがりであれば5翻の満貫(8000点)手です。この段階で立直をかけていないということは黙聴でいくつもりなのでしょうが、もし立直をかけて裏ドラが乗れば自動的に3翻プラスされますのでロンでも7翻で跳満(12000点)でかなりいい手ですし、まだ早い段階でこの手を聴牌できる十四松は持ってるな~という感じですね。

(立直者は三巡目にドラ表の7ピンを手出し…で、その後に一萬四萬…つまり、あの7ピン切りで、ドラの対子を固定したんじゃないかな)

ドラ表というのはドラ表示牌のことです。

ここはおそ松の捨て牌から十四松のおそ松の手の推理になります。これまでのチョロ松、トド松とは少し違った視点で、ドラの位置を気にした推理となっています。ここで再度おそ松の捨て牌をみてみましょう。

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7ピンを手出しとは、7ピンはツモしてきた牌ではなくあらかじめ手元にあった牌を捨てたということです。序盤から順子にしやすい9ピン7ピンを立て続けに捨てているということは、ドラである8ピンがすでに頭として2枚あるからでは…という推理です。(もし8ピンがまったくなければその後に一萬、四萬を切っていることからそちらを優先的に切ってしばらくドラの順子待ちをするのが妥当だし、すでに一枚ある状態であれば順子をわざわざ崩すことは通常ないと思われるので)

(ってことは…メンピンドラドラで満貫?それか、タンヤオがついて、裏まで乗れば跳満まで…)

このあたりの推理はチョロ松と同じですね。

メンピンドラドラだとメン=立直=1翻、ピン=平和=1翻、ドラ2=2翻で4翻です。5翻以上で満貫は確定しますが、実はそれ以下の翻数でも満貫となる場合があります。これは符という点数計算が関係しますのでそのあたりを少し説明します。

平和という役の時にも少し触れましたが、麻雀には翻のほかに符という概念があり点数に関係してきます。この符計算がなかなか厄介で覚えにくく、役をようやく覚えたのにまだ覚えなければならないことがあるのか!と麻雀の敷居を上げている最たるところではないかと思います。仲間内だけでやる際は翻数だけでゲームする場合もよくありますし、誰かひとりでも符計算出来る人がいれば任せてしまうという手もあるので、肩の力を抜いて読んでいただけるといいかなと思います。

では符の計算方法について。符、というのは出来上がった手をどう作ったかによって変化する点数です。ポイントはおもに4点で、面子構成、頭に使われている牌の種類、待ちの形、あがりの方法です。基本的に作るのが難しいほど符が多くなり点数が高くなります。例えば、両面待ちと単騎待ちであれば両面待ちは0符なのに対し単騎待ちは2符になるといった具合です。

では、チョロ松(親)の手牌があがったと仮定して符計算がどのようになるか見てみましょう。

まず、7ピン切りした時点で以下のようになっていました。

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この状態だとまだ一向聴なのでここから最短手であがりを目指すとして、符が最大になる場合と最小になる場合を例にとって符計算について説明します。

■符が最大になる場合

一度も鳴くことなく手を作り、2ピンと南でシャンポン待ちし頭とし南でロンした場合符は最大になります。

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まず、あがった時点で自動的にもらえる副底(基本符)20符がつきます。さらに一度も鳴かずロンした場合、門前加符で10符つきます。

次に面子構成の符を加算していきます。一萬二萬三萬、4ピン5ピン6ピンの順子が2組、客風牌(チョロ松は親=自風は東であるため南は客風牌となります)である南の暗刻が1組、發の刻子が1組、2ピンの頭となります。暗順子(鳴いていない順子のこと)は0符、ヤオ九牌の暗刻は8符、数字牌の頭は0符になりますので、0符×2組+8符×2組+0符=16符になります。

両面待ちの形は2符、ロンあがりは0符。

以上すべてを足し合わせると48符となり、切り上げで50符となります。

■符が最小となる場合

符が最小となる場合は順子を鳴いて作り、2ピンと南でシャンポン待ちし2ピンでロンした場合です。

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まずあがりの基本符が20符。

鳴いているので門前加符は0符。

面子構成の符は一萬を鳴いて作った明順子が1組(0符)、4ピン5ピン6ピンの暗順子が1組(0符)、發の暗刻子が1組(8符)、2ピンでロンするため2ピンの明刻子が1組(2符)になるので、合計10符。

待ちはシャンポンで0符。

ロンなので0符。

すべて足し合わせると30符になります。

役の翻数と符が分かれば得点が計算できます。麻雀の基本点は以下の計算式で算出されます。

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例えば2翻40符の役をあがったとすると、

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基本点は640点となります。この基本点をベースに各人の払いが決まります。

子がツモの場合は他の子2人は640の10の位を切り上げて700ずつ、親は640の倍の1280で10の位を切り上げて1300払いになります。

子がロンの場合は基本点の4倍を振り込んだ人が払うことになります。640×4=2560で10の位は切り上げなので2600点払いになります。

親がツモの場合は基本点の2倍を3人等分払いになるので、640×2=1280。10の位を切り上げて1300点を3人とも払います。

親がロンの場合は基本点の6倍を振り込んだ人が払います。640×6=3840で10の位を切り上げて3900点払いになります。

上記の計算をすれば点数は導き出せますが、いちいち計算するのは面倒なため役の翻数と符から点数が分かる点数早見表を使うのが一般的です。(「麻雀 点数早見表」と検索すれば親であがった場合の点数表と子であがった場合の点数表がセットになったものがたくさん出てくると思います)

点数計算については以上になります。繰り返しますが、上記を完璧に理解できなくても麻雀はできますのでご安心ください。ネット対戦やゲームだと自動で計算してくれますしね。ただ、点数の内訳を理解しておくと自分の作ろうとしている手がどのくらいの点数になりそうで、トップとの差を埋めるためには何点必要なのかなどがわかるようになり、より戦略的にトップを狙うことができるようになります。

話が大分逸れました。十四松のモノローグに戻ります。

(でもな…そうなると何で親は押したんだろう?ドラやダブ東はないはずなのに…)

ここからはチョロ松の手の推理になります。押したというのは、十四松もトド松同様チョロ松の捨て牌を強気で勝負に行ったと思っているということです。

ドラがないというのはドラはおそ松が持っているとこの前に推理していたからですね。ダブ東とは役のことです。チョロ松は親なので自風は「東」になります。親から反時計回りに東西南北と自風が割り振られます。自風の東西南北の字牌を3つ集めると役になります。さらに、場風というものあります。場風は東場と南場の2つあり、東場のときは東の刻子が、南場のときは南の刻子がそれぞれ役になります。今は東一局なので東場、さらにチョロ松は親で自風は東なので、もしチョロ松が東の刻子を持っていたとすると、場風と自風で2翻となり、手早くあがれる割に2翻つくお得な手です。しかし、十四松がすでに東を2枚持っているので、チョロ松が3枚持っていることはありえません。

(あっ、もしかして、結構筒子に染まってるとか?ううん、ドラはあっちかも!)

染まっているとは手牌が筒子ばかりで揃えているということです。ある種の牌ばかりで揃えることを「染め手」といいます。チョロ松の捨て牌に筒子はないため十四松はこう推理したのでしょう。染め手は翻数が高くなるので狙われることが多いです。さらに、今回筒子の8ピンがドラであるため、筒子で染めつつドラも多数抱え込んでいる高い手を作っているんじゃないかと推理し、結局安パイの北切りとなったわけですね。(まぁすでに場に3枚出ている北は安牌というだけではなくあがり牌としても死んでいるのでここはノータイムで北切りでいいと思うんですけどね(笑))

 

<十四松:打北>

 

このあとおそ松がツモしますが一発はならず、その後も結局誰もあがらず流局となります。さて、おそ松はどんな手役だったのか。 

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「リーのみのペン3ピン!」

役は立直のみでかつ3ピンのペンチャン待ちだった、ということです。では今回説明した点数計算でこの手役を計算してみましょう。

まず役ですが立直のみなので1翻。

ロンでもツモでも40符なので1翻40符になります。

おそ松は子なのでロンであれば振り込んだ人が1300払い、ツモなら立直と面前自摸和で2翻40符になるので子2人が700、親が1300の払いになるので計2700になりますのでツモなら少し点数が高くなりますが、それでもあまり高い手役ではありません。つまり、安い手役に全員が翻弄されていたということで、やられた!となったわけです。

 

 

以上でようやく東一局が終わりました。あとは打ち筋の説明になりますので、この講座もあと1回で終了です。な…夏までにはなんとか…

いやーそれにしてももう5月も終わっちゃいますよ。びっくりです。明後日はついにカラ松一松のドラ松ですよ。何がぶっこまれるかわからないこの怖い感じ、久々に本編放送中を思い出しています。毎週この不安定よく乗り切ってたな…となんか感心してしまいました(笑)いや、楽しみですけどね!

しかし、この記事を書くにあたり久しぶりに21話見直したんですが、やっぱ最高に面白かったですw

ではまた次回!

 

 

麻雀牌などの素材は下記よりお借りしました。

http://majandofu.com/mahjong-images

 

 

おそ松さん21話「麻雀」回から始める麻雀講座~第二回~

こんばんは。21話麻雀回から始める麻雀講座第二回です。あれよあれよという間におそ松さん最終回を迎えてしまいましたね…。24話放映前後くらいに上げようと思っていたのですが、24話のあまりにも衝撃的なクリフハングっぷりに24話分ひたすらマラソンして最終回の行方をあれこれ考えるという事態に陥っていまして…いやはや、完全に迷走していました。結果的に最高のエンディングで、迷走した分も含めて本当によかったと思っています。最後の一瞬まで素晴らしいアニメでした。この作品に出会えてよかったと心から感謝しています。ありがとう…ありがとう…。半年走り切った充実感に満たされ、ようやく人心地ついたのでこの記事に取りかかれました。そのうち迷走の記録もまとめたいな~。それにしても空中分解寸前の職場でおそ松さんのない新年度を一体どう乗り切ればいいのか見当もつきません…誰か助けてください…

それはさておき、私があまりにも遅筆なため時間が経つにつれ21話についてのこの記事もどんどん今さら感が増していっていますが、私自身の備忘録と割り切ってめげずに頑張ろうと思いますのでよろしければのんびりお付き合いいただけると嬉しいです。

前回はチョロ松の打七萬まで説明したので、トド松の打順から続きを始めます。

 

トド松:(七萬?一発目に?おかしいよ)

チョロ松の捨て牌についてトド松の感想です。チョロ松の七萬切りを意外に思っているようです。

一発目に、というのはリーチをかけて一巡目にロンもしくはツモすると「一発」という役がつきます。つまり、誰かがリーチをすると一巡目は特に警戒するし、されてしかるべきなのです。七萬がリーチ後すぐに捨てるのに相応しくないとトド松が考える理由はこの後に続きます。

トド松:(親番だけど打ったのがチョロ松兄さんだからな。シャンテン?テンパイ?)

シャンテンは一向聴イーシャンテン)のことで聴牌(テンパイ)の 一歩手前のことです。

通常親番でなるべくあがり点数を稼ぐのが一般的であるので、親であれば他からみて多少危険に見える捨て牌であってもそんなに不思議なことではありません。しかし、ここのトド松の台詞は親番だけど打ったのがチョロ松兄さんだからな、と言っているので通常リーチ直後の場面ではチョロ松は親番であっても無茶な打牌をするタイプではない、と言外に含んでいるのです。(あとでカラ松からチョロ松の麻雀スタイルは徹底した現実主義でかつ理詰めで打つタイプであると紹介されますが、この認識は兄弟共通なのでしょう)であるにもかかわらずトド松から見て危険そうな牌を切っているということは、つまりチョロ松もあがりに近い形である一向聴もしくは聴牌であるのではと読んでいるわけです。(先ほどのチョロ松の手牌は一向聴だったのでこのトド松の読みはまぁ当たっているわけですが)

トド松:(でも聴牌なら東初親番を理由に即リーで追いかけてもいい)

即リーで追いかけるというのは、聴牌しているのならおそ松のリーチに続いてリーチしてもいいじゃないか、ということです。特に今は東一局でゲームが始まったばかりで、その上チョロ松は最初の親番です。もし聴牌していて七萬というトド松から見てあまり安全でなさそうな牌を切るくらいなら、貴重な親番の一回目だしゲームは始まったばかりなんだからリーチのリスクを負ってもいいんじゃないの?と言っているわけです。

トド松:(いや六萬のワンチャンスって可能性もあるね)

ここだけが全然分からなかったのですが、玉木サナさんの記事に解説がありましたので紹介させていただきます。

サナにわ|六つ子麻雀格闘倶楽部〜おそ松さん21話「麻雀」の解説と考察に見せかけた妄想〜

トド松がチョロ松の視点に立って推理していたということなんですね。いやぁ、全然思いつけなかった。ワンチャンスについてはサナさんの記事でも詳しく解説されていますがここでもおさらい的にまとめておきます。

ワンチャンスとは上で出てきた筋の考え方の別バージョンで、壁筋ともいいます。壁筋とは牌の所在が3枚以上分かっていてかつ相手が両面待ちをしていそうなときに危険牌を避けるのに有効的な考え方です。

たとえば今回のケースだと、トド松からみて六萬は場に捨ててある1枚と自分が持っている2枚の所在が分かっている状態ですので、もし残り2枚をチョロ松が持っているとすると…と考えて、チョロ松が七萬を捨てた理由を推理しているわけです。チョロ松が2枚持っているなら、チョロ松から見て六萬は3枚所在が分かっている状態になります。つまり、残り1枚の六萬でおそ松が五萬六萬もしくは六萬七萬の両面待ちをしている可能性はかなり低いということになります。確率の話ですね。

五萬六萬、六萬七萬の両面待ちの場合のあたり牌は四萬、七萬、五萬、八萬です。この中で、四萬は二萬三萬の両面待ちのあたり牌である可能性が、五萬は三萬四萬の両面待ちのあたり牌である可能性がありますが、七萬八萬は六萬がなければ両面待ちのあたり牌になり得ません。したがって、トド松はチョロ松が上記の考えから七萬を捨てたのではないかと思ったというわけです。

4枚の所在が分かっている状態をノーチャンス(壁)、3枚分かっている場合をワンチャンスといいます。ノーチャンスに比べるとワンチャンスはまったく手かがりがないよりはマシだという程度ですね。ただ、ノーチャンスもワンチャンスもあくまで両面待ちからの防御が前提となっている考え方なので、例えノーチャンスでもロンされる可能性は十分あります。それについては続くトド松の台詞からも分かります。

トド松:(でも生牌(ションパイ)。ペン七萬やシャンポンも否定できないのに)

生牌とは場に初めて出たということです。ちなみにおそ松がリーチをかけた時の河(みんなの捨て牌置き場)は下の通りでした。七萬はチョロ松が初めて捨てた牌であることが分かります。

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ペン七萬とシャンポンはそれぞれ待ちの形のことです。

ペンとはペンチャン待ちのことで、順子(シュンツ)の端を待っている場合にこう呼びます。具体的には萬子筒子索子それぞれで123、789という順子の形の場合に3、7を待っている状態のことです。つまり、ペン七萬とは八萬九萬を持っていて七萬を待っているということです。

シャンポンはシャボ待ちともいい刻子(コーツ)を2つ持っている状態のことです。たとえば、22、東東を持っていた場合、2と東のシャンポン(シャボ)待ちと呼びます。

ちなみにトド松は言及していませんが、七萬はカンチャン待ちや単騎待ちの可能性もあります。カンチャン待ちとは順子でたとえば六萬八萬を持っていた場合に七萬を待っている状態のことです。単騎待ちとはあと頭が揃えばあがりの状態のことです。

元々チョロ松の読みはおそ松の手牌が好形で両面待ちが多いという仮定の元に成り立っていますが、もちろんそうでない可能性も十分あります。トド松はその可能性について考え、もちろんチョロ松もそのことが分かっているはずなのにその上で七萬を切るということは、あがりが近いのでは?と思っているわけです。

トド松:(ま、とにかくこの手、押す理由はないね)

この台詞は簡単に言うと、自分の手牌はあまり良くないので松はこの回の勝負を降りた、あがりを目指すことを諦めたということです。(というかこのあとでトド松の麻雀スタイルは誰かが聴牌したら即勝負を降りると紹介されているので、おそ松がリーチをかけた段階でこんなグダグダ考えずに持っている現物(おそ松の捨て牌と同じ牌)を捨てるはずなのですが(笑))

麻雀はあがりを目指すのが基本ですが、あくまでも最後にトップを取ることが目的なので、手牌がよくないときは無理にあがりを目指さず振り込まないようにすること(他の人にロンされないようにすること)も大事です。ちなみに親がツモあがりした場合はあがった点数を三等分で支払い、子がツモあがりしたら親が半分残りの半分を他の子で等分して支払います。ロンの場合は振り込んだ人がすべての点数を支払いますので、振り込みによる失点は勝負の行方を簡単に左右します。麻雀ではあがることと同じくらい振り込まないことが重要なのです。ただ、あまり他からのロンばかり気にしていたら自分の手作りがおろそかになりあがれなくなるという本末転倒なことになりますので、要は攻撃と防御のバランスが大事ということですね。このバランスのとり方に非常に性格や個性が出ます。麻雀というゲームが面白く、また奥が深い要因の一つだと思っています。

ちなみにトド松の手牌は以下のようになっていました。

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今回は情報量が前回に比べて少し少ないので、このトド松の手牌からオーソドックスな手作りのやり方について説明したいと思います。

麻雀の手牌は14枚の牌から作ります。基本的に頭と呼ばれる2枚の同じ牌と3枚の刻子もしくは順子の4組で構成されます。(例外もありますが)

最初にも説明しましたが、麻雀は役が一つでもないとあがりとは認められません。麻雀の敷居が少し高く感じるのもここではないかなと思います。

トド松の手牌で頭2枚と順子もしくは刻子4組にするには、すでに2枚ずつある中もしくは8ソーを頭にするのが最も早いですが(それでも三向聴(サンシャンテン:聴牌まで3枚、あがりまで4枚)ですが)、しかし中を頭にして今の手を元に手作りしてしまうと実は役がなくなってしまいます。中を頭にした形は以下が考えられます。

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この場合、聴牌の状態でリーチすれば「立直」という役をつけることができ、上がれる状態にはなりますが、立直は1飜(ハン/ファン)で警戒されるリスクのわりに点数が低いが低いです。自分が親で手牌がそんなに良くないけどなんとかリーチはかけれそうだ、という場合はリーチのみという場合も十分有り得ますが、基本は通常リーチのみの役で上がることは少ないです。

また、リーチをかけなくてもあがり牌を自分で引くことができれば「門前自摸(メンゼンツモ)」という役がついてあがれますが、こちらも1飜で点数は低いです。しかも、「立直」も「門前自摸」も鳴いていないという前提があります。

鳴きとはなにかというと、他の人の捨て牌をもらって自分の手牌に加えることです。手作りは断然早くなりますが、その代わりリーチがかけられなくなったりあがれる役が限定されたり、あがり役の飜数が下がるというデメリットがあります。鳴きの種類はおもに3種類で、ポン、チー、カンです。ポンは二種類の同じ牌を持っている場合に誰かがその牌を捨てた時にポンと宣言するとその牌をもらって刻子が作れます。トド松の手牌でいうと中か8ソーを誰かが捨てた時にポンできます。チーは順子を作ろうとしているときに使用します。ただし、ポンは誰からでももらえますが、チーは上家(カミチャ:左側の人、自分の前の打順の人)からしかもらえません。トド松の手牌でいうと、チョロ松が捨てた七萬はチーすることができます。鳴いた場合は牌を倒し自分の右隅に置いておきます。

少し脱線しましたが、ではトド松のこの手で役をつけようと思ったらどうすればよいか?

一番手っ取り早いのは中を3つ揃えることです。白、發、中の牌はどれを三つ集めても1飜になります。なので、8ソーを頭にした下の形を目指すと少なくとも1飜は付きますのであがることが可能になります。これは鳴いて作っても構いません。

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しかし、この場合「中」1飜しかつかず点数は低いです。仮に鳴かずにリーチを付けたとしても2飜で点数は低いままです。

これ以上この手牌で手数を増やすことなく点数を伸ばそうと思ったらどうすればよいか?残された可能性はドラです。ドラは持っているだけで1飜あがります。

王牌の左から3番目を表にした時の牌をドラ表示牌といって、その牌の次の数字がドラになります。麻雀の一局は配牌後残り14枚になるか、誰かが上がるまで一つ牌を引いては一つ捨てるを繰り返します。王牌とはこの最後に残す14枚の牌のことです。なお、残り14枚になってもだれもあがらなかった場合は流局となります。

例えば二萬がドラ表示牌だとすると、三萬がドラとなります。9がドラ表示の場合はドラは1になります。字牌がドラ表示牌だった場合は、東⇒西⇒南⇒北⇒東の順番、白⇒發⇒中⇒白の順番でドラが決まります。

ここで再びトド松の手牌を見てみましょう。

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この局のドラは8ピンでした。

トド松の手牌には7ピン、9ピンがありますのでもし下のような形でリーチあがりができれば、「立直」「中」ドラ1の3飜になります.

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さらにリーチすると裏ドラといってドラ表示牌の下もドラ表示牌となって、もし七索が裏ドラ表示牌だとすると2飜ついて「立直」「中」ドラ3で満貫(5飜/8000点)になりますし、發であれば中がすべてドラになりますので、「立直」「中」ドラ4となり一気に跳満(6飜/12000点)になります。こうしてみるとトド松の手牌も悪くないのでは?と思われるかもしれませんが、裏ドラはあてにするにはあまりにも運の要素が強いですし、そもそもおそ松がリーチをかけておりチョロ松もあがりに近い状態でまだ三向聴のこの手では、無理にあがりを目指さないほうが賢明と言えます。ちなみにドラは役数が上がりますが、あくまでボーナスというかおまけのようなものですので、ドラだけではあがり役として認められませんのでご注意ください。

麻雀の役はいっぱいあっていきなりそんなに覚えられないよ~という声をよく聞きますが、まず白發中を三つ揃えると役ができること、作りやすい基本の役であるタンヤオ、ピンフを覚えているだけでも十分麻雀はできます。役満なんか狙って出せるモノでもないので覚えなくてもついたらラッキーくらいでいいと思います。

 

<トド松:打7ピン>

 

キリがいいので今回はこの辺で。お付き合いありがとうございました。

 

 

なお、麻雀牌などの素材は下記よりお借りしました。

http://majandofu.com/mahjong-images

おそ松さん21話「麻雀」回から始める麻雀講座~第一回~

いやー、おそ松さん21話麻雀回最高でしたね!!各キャラの個性や性格がより深く掘り下げられた回でした。麻雀覚えてよかった…ありがとう公式…

特にカラ松の素晴らしすぎるキャラ設定が明かされたわけで、カラ松ガールズの一員として狂喜乱舞しました。カラ松の麻雀スタイルは「手役アーティスト」で「不和了のファンタジスタ」、そして「ツモられ貧乏」です。この3つがとにかく素晴らしくて!尊い!と視聴後からずっと転げ回って身悶えています。カラ松カラ松カラ松〜〜〜〜〜〜!(厳密にいうと語り部がカラ松だったのであくまで自己申告ということになるのですが…まぁ途中の手牌を見る限り口だけということはないでしょう)

でも、ツイッターのTL見ていると意外と麻雀わからない…と敬遠気味の方が多かったんですよね。確かに、専門用語を何の説明もなく連発する経験者以外完全に置いてけぼりにする強気な脚本でした。なんかよくわからないことをすごい勢いでやってるっていう面白さももちろんあると思いますが、キャラクターが麻雀をやる魅力というのは、なんといっても同じゲームを通じてキャラがそれぞれ何を考えどう行動するかという点だと思うので、これは非常にもったいない!と思いまして、今回これを書いてみようと思った次第です。麻雀は人格を映す鏡のようなものでモロ性格が出るんですよ…いや、ほんとに。

すでにいろいろな方が麻雀回の解説をされていますが、私はとにかく一点、カラ松ガールズとしてカラ松の麻雀スタイルからカラ松のキャラクターをどう読み解けるのかについて書きたいと思っています。そのために、まず麻雀というゲームについて私自身の麻雀の復習とまとめを兼ねて、あの回で出てきた用語や流れの解説をするような形で紹介していきたいと思っています。

麻雀を説明するのは初めてなので拙い説明になるとは思いますが、一人でも多くのカラ松ガールズに、公式から明かされたカラ松の素晴らしいキャラ設定を伝えたい!!そして共有したい!!!!という一心で頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。そしてみんな麻雀やろう…(ちなみに解説なんて言っていますが、私自身初心者に毛が生えた程度なので、これ違う!とか、ここはこうなんじゃない?などあればコメントいただければありがたいです)

 

カラ松:数か月ぶりの麻雀。その第一回戦は起家(チーチャ)チョロ松で幕を開けた。

さて、カラ松のイケメンボイスなナレーションで始まった松野家麻雀ですが、まず最初に2つのサイコロが2回振られています。これは親を決めています。親からゲームはスタートします。なお、親は持ち回りの当番みたいなもので、流局(誰もあがらなかった場合)や親以外があがった場合、親役は反時計回りに隣の人に移ります。親以外は全員子になります。

サイコロを振った人を起点に出た目の数だけ反時計回りに数えていき、当たった人が再度サイコロを振ってようやく親が決まります。

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数え方ですが、席順は上のようになっていて2回目にサイコロを振ったのが十四松でした。出た目は11。数え方のミソはサイコロを振った人を1と数えるというところで、十四松1、おそ松2、チョロ松3と数えていきます。そうすると11番はチョロ松になるので、起家はチョロ松ということになります。起家は一番最初の親のことです。この数え方は配牌の起点の選び方と同じになります

(ちなみにここでおそ松が牌を二段に積み左を右より少しだけ前に押し出していますが、あれは対面の人が対角線上の牌を取りやすくするためなので右を前にするのが正解です。まぁ対面が左利きなら左前だけど、食事のシーンとかも全員右利きだったので単なる作画ミス?)

東一局

通常の麻雀は全員が親番を2回担当する半荘戦が一般的です。最初の一回り目を東場、二回り目を南場と呼びます。親が変わるたび局数が増えていき、東一局~四局、南一局~四局と遷移していきます。ちなみに東風戦というものもあり、これは全員親番が一回だけ、つまり東場の4局のみのゲーム形態になります。

おそ松:「リーチ」

まず、おそ松がリーチしました。リーチとはビンゴなんかと一緒で、聴牌(テンパイ)=あがりの一歩手前ですよ、と宣言することです。UNOの場合は宣言は必須ですが、麻雀は必須ではありません。宣言することで「立直(リーチ)」という役がつき、あがった時の点数が高くなります。リーチをかける時は持ち点から1000点出さなければいけません。おそ松が投げた真ん中に赤い点のついた棒が1000点の点棒です。ちなみに点棒の種類は下の画像で左から100点、1000点、5000点、10000点の4種類です。

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チョロ松:(ち、早いな)

おそ松のリーチ宣言に対するチョロ松の感想です。麻雀は誰かあがるまで親から順番に一つ牌を引き、一つ要らない牌を捨てていきます。みんなの捨て牌が置かれる場を河といいます。ここまでの東一局の全員の捨て牌は下のようになっていました。

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 ここで河からおそ松の捨て牌を見てみましょう。

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 南、九ピン、七ピン、一萬、四萬で北でリーチとなっています。つまり、6巡目でおそ松はあがり一歩手前まできた、ということになります。(ちなみにさまざまな松麻雀回解説でも書かれていますが、親はチョロ松でチョロ松からはじまっていますので、誰も鳴いていない状態でおそ松だけ捨て牌が6枚あるのはおかしいです。打順はチョロ松から反時計回りに回っていきますので、本来はおそ松以外の全員が捨て牌が6枚なければならないです。こちらも恐らく単純な作画ミスでしょうが、円盤で修正されたりするのかな?)

一局一人だいたい15~18回くらい牌を引きますので、6巡目でのリーチはまぁまぁ早いほうだといえます。

チョロ松:(手役は何だ)

麻雀は14枚の牌で様々な役を作るゲームです。あがった役ごとに点数が決まっていて、当然揃えるのが難しい役ほど点数が高くなります。全員25000点もった状態でスタートし、その点数を奪い合います。ちなみに、麻雀では役が一つでもないとあがりとは認められません。なお、あがる方法としては他人が捨てた牌で上がる「ロン」と自分であがり牌を引いてくる「ツモ」があります。ツモは避けようがありませんが、ロンは捨て牌からある程度予測することができます。

おそ松がリーチと宣言したことによって、他のメンバーはロンされないようにおそ松のあがり牌を推理、警戒しながら打牌するというわけです。

チョロ松:(タンピン系と読むのが妥当。そしてたぶん好形だろうね。)

タンピンとはタンヤオと平和(ピンフ)という役のことで、どちらもあがり役として作りやすくメジャーで基本的な役です。

麻雀牌は萬子(マンズ/ワンズ)、 

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筒子(ピンズ)、

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索子(ソーズ)、

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字牌(ジハイ)、

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以上4種類で、各4枚ずつあります。

麻雀の手役は基本的に同じ牌2枚の頭と3枚ずつ順子(シュンツ)もしくは刻子(コーツ)で作ります。順子は萬子なら萬子だけ、筒子なら筒子だけで123など数字が順番になっている状態、刻子は同じ牌が3つある状態のことです。

萬子、筒子、索子の1と9および字牌のことを么九(ヤオチュー)牌と呼び、これが手牌の中にない状態の時「断ヤオタンヤオ)」という役になります。

ここで再び先ほどのおそ松の捨て牌を見てみましょう。

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捨て牌の中に字牌である南、北、一萬、九ピンがありますので、チョロ松はおそ松はタンヤオを作っているのでは?と推理しているわけです。また、平和(ピンフ)とは符がない手役のことですが、符の説明をすると一気に話がややこしくなるので、ここはいったん順子のみで構成されかつ頭が字牌ではなくさらに待ちが両面となっている手役のことだと思って下さい。

好形というのは受け入れる牌が多い状態のことです。順子を揃えようとした場合、例えば手牌に45があったとすると、3か6を待てば順子ができます。これを両面(リャンメン)待ちといい、配牌の時点でこういった待ち牌が多い状態のことを手が進みやすい好形と呼びます。おそ松のリーチが早かったことから手が進みやすい好形だったのではと推測し、好形であるということは順子が多いはずなので平和も役としてあるのでは、と読んでいるわけです。

チョロ松:(リーチ宣言牌の北は場に2枚切れの安牌)

安牌とは正式には安全牌といいロンになり得ないもしくは可能性の低い牌のことです。なぜ北がおそ松にとって安牌と言えるのか少し細かく見ていきたいと思います。

麻雀では自分が捨てた牌ではロンできないというルールがあります。全員の捨牌を見るとトド松とチョロ松が北を捨てているので、この二人から北でロンされることはありません。つまりおそ松から見て北があたり牌となり得るのは十四松だけというわけです。さらにすでに場に2枚、おそ松が1枚持っているため十四松は北を刻子にはできないので北であがる手役も限られ、よりあたる確率は低くなります。こういった牌を安全牌として取っておくと、誰かがリーチもしくは聴牌していそうな場面がきた時ひとまず凌ぎ、様子見ができます。

チョロ松:(両面両面の一向聴(イーシャンテン)だった可能性が高い。つまりツモ切りの四萬筋ならまだ通りやすいか)

一向聴とは聴牌の一歩手前のことです。両面両面の一向聴だった可能性が高いとは、好形という推理の言い換えのようなもので、例えば34、78の両面両面の一向聴だった場合、2か5か6か9のどれかがくれば聴牌にできるというわけです。

ただし、両面待ちにも弱点はあって、それはフリテンになりやすいというところです。先ほど自分の捨てた牌ではロンできないと書きましたが、ロンできない状態の聴牌のことをフリテンと言います。フリテン状態でロンしてしまうとペナルティーとして8000点支払わなくてはなりません。捨て牌ならそのままで分かりやすいのですが、両面待ちなどの場合たとえば45を持っていたとして、3を捨ててしまっていたら3はもちろん6でもロンはできなくなります。(ツモならあがれます)つまり、3が捨てられていた場合6も安全である可能性が高い、といった考え方を筋といいます。

おそ松は四萬をツモ切りした、つまり四萬は即座に要らない牌と判断されたということになり、両面待ちが多いだろう状況ですぐに捨てられた四萬であればその筋の七萬があたり牌の可能性も低いだろうと推測しているわけです。

ちなみに、チョロ松の手牌は牌を引いてきた状態で下のようになっていました。

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おそ松の捨て牌である南を持っているので確実な安全を取るなら打南なのですが、この時点で一向聴ということと親番であることからひとまず手を進める方を優先したのでしょう。というのも、親番ではあがった時の点数が1.5倍になります。したがって、基本的に自分が親の時になるべくあがって点数を稼ぎたいのが一般的です。ちなみに、自分が親で子がツモあがりした時は他の子の倍支払わなければならないというリスクもあります。

ともかく、先ほどの筋の考え方と八萬を待つより一萬四萬の両面待ちにしておいた方が有利という考えから七萬切りに至ったと思われます。

冷静に読みながらも攻めの打牌と言えるでしょう。

<チョロ松:打七萬>

 

長くなったので第一回はここまでにします。

説明になっているのか不安ですしどれだけ読んでもらえるか分かりませんが、書いてみると自分の中でかなり整理できるので時間がかかっても最後まで書き上げたいな~と思っています。

 

 

なお、牌などの素材は下記よりお借りしました。

http://majandofu.com/mahjong-images

 

おそ松さん1クール目備忘録

おそ松さんの1クール目が終わったので、ここまでの感想を備忘録としてまとめて2クールに備えたいと思う。

 

おそ松さんは赤塚不二夫原作のおそ松くんが大人になったという設定で2015年秋にスタートしたアニメだ。

私がおそ松さんのことを認識していたのはだいぶ早い段階だったと思う。ネットニュースかなにかで赤塚不二夫生誕80周年でおそ松くんのリメイクをやると読んだとき、いまさら?とか、大丈夫か?とか無駄に声優豪華だなーくらいの感想しか抱いていなかった。それがまさかこんなにハマることになるとは夢にも思っていなかった。ここはひどい沼だった。

 

とはいっても1話からずっぷりハマっていたわけではない。正直最初のほうはにゃるこさんみたいなパロディアニメとして認識していた。今は配信停止となった1話はうたプリ、進撃、ハイキュー、黒子、アイカツ、そのほかも山ほどのパロディのオンパレードだったし、2話はカイジパロ、3話はSAWやこれまたお蔵入りになったアンパンマンパロなど盛りだくさんで、もうこれはこういう路線のアニメなんだとゆるい感じで見ていた。頭を空っぽにして楽しむものだと。あくまで原作よりも少しキャラを立たせた6つ子を使ったパロディをやることが主目的のアニメだと勝手に決めつけ、どこかでタカを括っていたのだ。実は3話以降パロディは減っており、赤塚不二夫作品らしいブラックユーモアが増えていったのだが、それでも初回3話分の衝撃が大きくこれはパロディアニメだという思い込みはなかなか消えなかった。(パロディアニメは考察に値しないということではなく、私のパロディアニメの楽しみ方がこうだというだけの話です)

 

これが大きな認識間違いだったと気付いたのは7話のいわゆるトド松担当回と呼ばれている、「トド松と5人の悪魔」という回だった。私はハンマーで頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。これは単なるギャグアニメではないのではないか?こう考えた時から、私はおそ松さんの沼にどっぷりハマってしまったのだ。

7話がどんな話か簡単にまとめると、

・末っ子のトド松がニートな自分の現状を恥じ、ワンランク上の人間になるべくトド松の考えるワンランク上の人間が集まるスタバァでバイトを始める

・バイト先に兄らが来るが、ニートな兄弟は恥ずかしいから帰ってくれと頼む

・しかし揉めているところをトド松のバイトの同僚の女の子たちに見つかりその子らの計らいで全員店内へ

・トド松は兄らをトイレ側に押しやるなど、とにかくひどい対応をする

・そんな中トド松がバイト先で慶應の大学生であると嘘をついており、さらに女の子たちと合コンの約束までしていることが発覚する

・トド松は合コンの場で兄らにひどい汚れ役をやらされるという制裁を加えられる

という流れだった。

ドラえもんなどによくある勧善懲悪で王道な筋書きだ。しかし、私はこの回で大いに頭を悩ませることになった。なぜなら、最後に一松が汚れ役を完遂したトド松におかえり、と言ったのに対し、トド松がただいまと言ったからだ。

 

なぜトド松はただいまと言ったのか。

これが一松のおかえりだけであれば私はこんなにも悩まなかっただろう。トド松はドラえもんにおけるのび太のように、少しだけずるをして失敗しただけ。自業自得とはいえ単なる被害者でいられた。しかしトド松はただいまと言った。単なる被害者でないことを他でもないトド松のこの台詞によって示されたのだ。

そもそもなぜトド松は汚れ役をやっただろうか。脅されて汚れ役をやったのであれば脅しの内容は、バイト先に経歴詐称をバラされると店に居場所がなくなるため仕方なく汚れ役をやったと考えるのが自然だろう。しかし、それでは矛盾が生じてしまう。というのも、トド松が憧れるワンランク上の人間とはあくまでトド松が認めるワンランク上の人間に認知してもらって初めてなれるものなのだ。(スタバァというおしゃれな職場で働くだけでは不十分で、同僚の女の子に合コンに誘ってもらえたことでようやく自分はワンランク上の人間になれたとトド松が言ったため)

したがって、汚れ役をやった時点で経歴詐称をバラされなくてもトド松はワンランク上の人間に失望される=ワンランク上の人間でいられなくなるということになり、結果だけみると汚れ役をやろうがやるまいが店にいる意味がなくなるので同じことなのだ。それでもトド松がやったのは、おそらく店に居場所がなくなったトド松が帰る場所は結局兄弟の元しかなく、一度自分から切って捨てた兄弟に再び仲間入りさせてもらうためのペナルティであるため受け入れるしかなかったと推察できるのだが、ここから6つ子の中での力関係が読み取れる。

おそ松、カラ松、十四松は汚れ役をやったトド松に対し概ね面白かったといった旨の発言をしたが、チョロ松はよく頑張ったと言い、一松は見直したと言った。この二人は他の兄弟と比べ完全に上から目線での発言であり、つまりトド松に対するペナルティを課したのはこの2人であると言えるのだ。3話のパチンコ警察(パチンコで勝ったことを兄弟に隠そうとしたトド松を警官に扮したチョロ松と一松がシメる話)でもこの二人によって摘発され刑が執行された。(この時のトド松の罪状はパチンコ祝儀隠蔽法違反)このことから兄弟内には明確なルールが存在し一松とチョロ松によって管理されていることがわかる。特に、チョロ松のよく頑張ったという発言はかなり強い。一松はスタバァで一番トド松を追い詰めるような行動を取っていたが、一松はあくまでも実行部隊で兄弟内での権力者は実はチョロ松のほうだ。3話の寝かせてください(明日朝早いから騒ぐなというチョロ松にいろいろな事件が起こり結局寝られないという話)で、一松が屁をしてチョロ松を起こしてしまったとき、一松はチョロ松に土下座した。実の母親に対して野放しにしとくと犯罪者になるかもしれないと脅し、他の兄弟からも何をしでかすか分からないと評されている一松が、明らかにチョロ松に対してのみ下手にでていることからもチョロ松の兄弟内での地位がかなり高いことがわかり、ルール策定にも大きく関与していると推測できる。

チョロ松は普段はおそ松を立て兄弟の中心に据えているように見せかけているが、2話のおそ松の憂鬱で(ヒマを持て余したおそ松が兄弟にちょっかいをかけたり兄弟の知らない一面を垣間見たりした結果、兄弟は聖澤庄之助(おそ松の知らない他人)をニューおそ松兄さんとして迎える話)で聖澤庄之助をニューおそ松兄さんに据えたのはおそらくチョロ松だし(あの回で直接被害を被ったのはカラ松とチョロ松のみで、カラ松はひとまず仕返しは果たしていたし、全体を通してイタイキャラであり基本的に存在がスルーされる傾向にあるカラ松がおそ松に対するクーデターを起こし他の兄弟がそれに追随するとは考えにくい)、6話のハタ坊回(億万長者になったハタ坊の誕生日会に招待される話)でハタ坊にお金をせびろうとしたおそ松とそれに流される兄弟に唯一反対意見を言ったのもチョロ松だ。おそ松は確かに6つ子の長男でカリスマ性も求心力もあるのだが、兄弟内で確かな実権を握っているのはチョロ松だと言える。

 

話がだいぶ逸れたが、おかえりとただいまという台詞をきっかけに上記以外にも本当にいろいろなことを考えた。考えざるを得なかった。6人それぞれが6つ子であるということにどのように向き合い、兄弟の中でどのようなポジションを築き、6つ子として扱われることにどのように折り合いをつけ生きてきて、そして今に至っているのかということに向き合わなければならなくなったのだ。なぜなら、それくらいの密度でおそ松さんという世界は作られていることが分かってしまったから。このおかえりとただいまというたった二言の台詞から、私は遅ればせながらキャラクターそれぞれが非常にリアルに、緻密に、繊細に設計されているということに気が付かされたのだ。(実際、キャラクターについては12話のコメンタリーでも役者のアドリブがほぼ許されないほど厳密にコントロールされているとの言及があった)

 

そうするとこれまでギャグだから、とスルーしてきた疑問点が一気に私に襲い掛かってきた。例えば、2話。2話は6つ子がイヤミに騙されブラック工場で働くという内容の回だったが、ここで4男の一松だけ班長に昇格しているシーンがある。そもそも一松はクズだと自他ともに認めているキャラクターで、間違っても出世するようなタイプではない。しかもそのシーンは1カットだけであり、それが直接的に笑いを取るようなものではなかった。例えば、出世した一松が他の兄弟をコキ使うとか言うのであれば分かりやすく面白かっただろう。しかし、そういうこともなく、兄弟でだれも一松の昇進に言及していない。6人全員同じタコ部屋に詰め込まれていたことから昇格によって待遇が向上したわけでもなさそうだった。ではなぜ、わざわざ一松が昇格したシーンを入れる必要があったのか。

あの話の中だけで解釈しようと思えばできなくもない。ブラック工場に着いたときに一松だけ作業内容などについて知る必要ないと脳死発言していたことから、命令に疑問や自我を持たない会社に都合のいい駒はどれだけやる気のない人間でも出世できるというアイロニーだとも受け取れる。自他ともに認めるクズが唯一出世する面白さがないでもないだろう。しかし、もっと大きなストーリーの流れの中であのシーンが何か意味をもつのかもしれない。ストーリー全体としての何かの伏線である可能性を疑わずにはいられないのだ。

 

また、8話のなごみのおそ松回。この回はいわゆるミステリパロディ回だったのだが、驚くべきポイントはこの回でこのアニメの最大の特徴である「6つ子」という看板を外したという点だ。6つ子は出てきてはいるものの6つ子ではない赤の他人という設定で、カラ松は死んでいるし、トド松もチョロ松も十四松も普段の彼らのキャラクターからはかけ離れているものだった。一松に至ってはおそらく一松だろうと思われるキャラはいたが結局ずっと覆面をかぶっていたし一言もしゃべらなかったのであれが一松だとは断定できなかった。(おそ松だけは普段とあまり変わらないような感じのキャラクターだったが)

前にも述べたが、おそ松さんにおいて6つ子それぞれのキャラクターはそれこそ厳密にコントロールされていたもので、大前提のようなものだったはずだ。単なるミステリのパロディなら元のキャラクターでもできたはずだ。にも拘わらず、それをすべて投げ打ってでもあの回でやりたかったことはなんだったのか?ミステリパロディ以外になにか別の意図があるような気がしてならないのだが、いまのところその理由は分からないし推測すらできていない。

 

各話それぞれの疑問だけでなく、全体を通じても疑問は多々ある。例えば、おわりとついてある回とそうでない回があるのは、物語内での時間の連続性と非連続性を表しているのではないかとか(前者は他の回での設定を引きずるもの(例えば7話で初出したトッティという呼び名を8話や10話、11話でも使用されているもので、後者は話中でキャラクターが死んでも次の回でしれっと生き返るようなもの)、おそ松カラ松の呼び名に兄さんとつくときとつかないときがあるとか(キャラ設定のミスとしては単純すぎて考えられないのでなにかしらの理由があると踏んでいるが基準が不明)、7話北へ回における主線の色について(デカパンとダヨーンが列車にはねられて以降彼らの主線が茶色から青色に変わったことを指摘された方がいた)、オープニングのラストシーンで一松の口からハトが、カラ松の耳から魚が出るなど、何かありそうな、さあ考えろと言わんばかりの含みがとにかく満載なのだ。頭を空っぽにして見ろと言われてももう無理だ。考えたくなくても何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

 

それ以外にも細かい疑問点を上げたらキリがないのだが、すべて計算尽くであるなら、疑問にすべて答えがあるのではないか。そしてそれはすべてがつながったときに初めて見える景色ではないのか。綿密に作り込まれているという製作者サイドへのそんな安心感があるから、考えてもちゃんと答えが用意されているような気がして考えずにはいられないのだ。もしかしたらかなり的外れなことで悩んでいるのかもしれない。それでもあらゆる可能性を考えることが楽しいのだ。

 

深いジャングルに迷い込んだような気分だ。いまでも絶賛迷子中でまだ自分の中でさえ明確な答えがない。個人的には大きなカタストロフィが起こるような気がしているが、これに関しては全話終わるまで結論が出せない。もしかしたらなにもないかもしれない。というかなにも起こらない可能性のほうが高いだろう。しかし、考える余白がありかつ考えることが無駄ではないことがある程度保証されている作品は本当に素晴らしいと思う。

 

彼らの物語は一体どこへ向かおうとしているのか?

年明けすぐに2クール目が始まるが、これからも非常に楽しみな作品だ。